拾得

足下ばかりをみて歩いているから、よく小銭を拾う。小銭を拾う為に下を向いているんじゃなくて、変なものを踏みたくないからなんだけど、どっちでもいいか。ただ、小銭が落ちていたらいいなあと思う困窮時には小銭は現われないので、世の中にはそういう按配というものがあるらしい。
たまに小銭でないものも拾う。何年か前、風の強い寒い冬の日、料理屋のおしながきを拾った。短冊に筆書きで「湯豆腐定食」と値段。壁に貼られていたに違いない。というよりどの店のおしながきかは、落ちていた場所で判っていた。なぜ道に落ちているのかは知らない。とりえず拾って、職場へ向かった。何かの役に立つような気がしたから、踏み跡がひとつついた湯豆腐の短冊を手に、歩く。落とし主(風に飛ばされ主)、の店に届けようとは思わなかった。だって足型がついているし、書き直せばそれで済む類いのものだから。自分では使い途が思い浮かばないまま、職場で「誰か要りませんか」と尋ねて、あまねく「要らん」と一蹴される。そりゃそうだ。そりゃそうだ、と無闇に納得したことを思い出した。同じように風が強くて寒い日だったからか。