喪失感というのは、例えば階段を一段多く踏みしめてかくっとなったり、机上にあると思っていたマグカップがなくてすかっと宙を掴んだり、そういう間抜けな心持ちとして現れたりするもんだ。
月を見たのだよ。暗い夜だと思って歩いていたら、真上から丸い月が煌々と照らしてんだよ。月夜にしては闇が深いと驚いた。照らされて輝くものなんてないのに、影だけが濃くて、黒の濃い夜だったのだよ。単純な驚きであろうが、一条の不安であろうが、こんなときは月を見てみろと電話をしていたものだった。メールをしたものだった。くだらないやりとりでいいのだった。くだらないからいいのだった。雲もなく、星も少ない秋の月夜をすうっと飲み込む帰り道が、くだらねえ。
かくっとかすかっとか、とほほなのに笑われないのが、なかなか悲しい。